Talk with Kamei

昭和30年代“寿司屋の息子”2015年6月1日


◆子供の頃の食事part1◆

皆さんは子供のころから何をを食べていたか覚えていますか?
今のような食生活を予想していましたか?

私は小学生の頃、ある友人の家に行き、そこの家で手作りのハンバーガーを食べさせてもらったことがある。肉もバンズもお母さんの手作りだった。
生まれてはじめての本物の洋食の味がした。昭和40年代の前半である。

そのときのカルチャーショックと言うか、生活感覚のギャップにとても戸惑ったことを覚えている。

ちょうど、音楽でもビートルズやストーズ、クリームなどを聞き始めていた時期で、そんな時代に
日本では村田英雄だの一節太郎だの青江美奈だののレコードと一緒にビートルズやストーズ、クリームなどレコードが一緒に並んでいるのを見て
「何でこんなにも世界が違うの?」と戸惑ったのと同じような感覚だった。

あんな頃は、その憧れが全てであり、あのころの現実は否定したかったのだろう。
憧れに向かって、かっこいいカルチャー、食文化にまい進してきた10代、20代であったと思う。
30を越えた頃から、少しづつそんな“カッコイイモノ”が鼻につくようになってきたのは私が単にオヤジになってしまっただけなのかもしれない。

でも今まで見落としてきたものが、いっぱいある様な気がしてならないのだ。

現代はとても裕福になって、なりすぎて、作りすぎてどんどんごみを出し続けている。
ほんのちょっと振り返って自分自身の“食育”を考えつつ、思い出に浸ろうと言う話である。

うちは生まれた時から寿司屋だったので食事はみんなばらばらで食べる。
家族のみんな何時食べてたんだろうと今でも不思議なくらいだ。
もっぱら従業員の板さん「健ちゃん」と仲居さんの「はるみちゃん」 のどちらかと食べていたのが多いような気がする。
同級生たちは「お前んとこ寿司屋だで、いっつも寿司ばっか食えるでえーなー」などとまるで呑気なことを言っているが、自分の家の商品を家族に食べさせるほど時間も余裕もなかったはずだ。

私は自分の給料で初めて自腹で食べた。美味かった。

我が家は寿司屋であってもほとんど魚は日常出てこない、 食卓に上るものといえば、かぼちゃの田舎煮が山盛り、魚のあらの寄せ集めの煮物、(まぐろの角煮などという高尚な物ではない)

あと朝の味噌汁の中にうどんをぶち込んだ、自然の流れ的味噌煮込みうどんなどかなり強烈。

団子状になって紋甲いかのゲソの入ったチャーハンはなんと玉ねぎも火が入っていずにとても料理屋の作るものではない。(もっぱらこれは女中さんが作ったと言うのを後年、姉から聞く)

でもみんなぴかぴかと輝いていたのはなぜだろう?

あのころ、我が家もそうだったが、日本中が仕事に必死になって“あこがれ”に向かって突き進んだ時代、その中で置き忘れてきたものはなかったのだろうか?